2007年5月27日
現実になった予告ホームラン
以前にもチラッと触れたことがありましたが、転職太郎は学生時代に野球をやっていました。そのきっかけとなったのが、小学5年生の頃に、地元で少年野球チームが結成されたこと。当時野球がとても好きだった転職太郎は、早速入りました。
当時の転職太郎は体格がいい方だったということもあって、キャッチャーをやってました。また、パワーもあったんで、打順はなんと!4番。その期待に応えようと、試合では、今のイチローや松井並みに活躍!?したものでした(多分)。
県大会では、転職太郎の活躍があったおかげで(自分で言うなよな)、勝ち進んでいって、気がつけばベスト8。当時、まだ結成間もないチームだったのですが、それだけにここまでくるなんて本当に予想外のことでした。
準々決勝の相手は、全国大会常連のチーム。はじめのうちは同じ小学生なんだから、勝負はやってみないと分からないよなって思ってたんですが、相手ピッチャーの投球練習を見ておったまげたのでした。中学生を超えて、まるで高校生の投げる球じゃないの?って思う程のスピードだったんです。そんでもって、そのピッチャーの名前を聞いてもっと驚きました。当時、地元では伝説的に名前が知れ渡っていた「吉木」だったんですから。こんな人のいるチームと対戦するのかよ。オイオイ。
さて、試合はこちらの先行。実際に試合で投げているのを見ると、一段と速いこと速いこと。実際、バットに一度もかすりもせずに簡単にツーアウトになってしまったのでした。しかし、その様子を見ているうちに、転職太郎は次第に燃えてきたのです。3番の森本君がバッターに入る直前、「森本、絶対に塁に出て俺まで回せよな。ホームラン打ってやるから。」って言ったのでした。周りからクスクスと笑い声がしたのですが、転職太郎は本気だったんです。
その真剣な想いが通じたのか、森本君は、吉木の投げたボールを初めてバットに当てたのです。しかし、ボテボテのキャッチャーゴロ。あー、というため息が周りから聞こえてきたのですが、ラッキーなことに、キャッチャーがボールを取るのをもたつき、一塁に投げることが出来なかったんです。つまり内野安打。ラッキーなヒットでした。
という訳で、4番の転職太郎に打順が回ってきたのです。
しかし、しかし、しかし、いざ打席に入ってみると、あまりにもボールが速すぎて見えないし、バットを振ろうとした時点で、もうボールはキャッチャーミットの中に入っているんです。こんなことありえない。吉木恐るべし、と本当に心の底から思いました。それだけに、森本君は偶然とはいえ(失礼)、高校生が投げるようなボールをよく当てたものだと感心したのでした。
簡単にツーストライクまでいってしまったので、ダメ元と思いながらも、一か八かの作戦に出ることにしたのです。それは・・・相手が投げる直前からバットを振りはじめるってことです。吉木の恐ろしく速いボールをバットに当てるには、それしか方法がなかったのです。
この作戦は的中しました。ファールとはなりましたが、どうにかバットにかすったのです。その次のボールもそのまた次のボールもなんとか当てファールになりました。
少しずつボールには慣れてきました。しかし、ファールしたといっても、実は全く前には飛ばずに、バックネットの方にいってばかりなんです。そうこうしているうちに、あることに気がつきました。吉木は絶対に同じコースしか投げてこないんです。力で押していくうちに、いずれ絶対に三振が取れるハズだと読んだんでしょう。本当になめられたものです。しかし、誰が見てもいつ空振りするか分からないって状況だったんで、ある意味当然のことだったのかも知れません。
しかしこっちも粘りに粘って、なんと10球以上もファールしたんです。そして・・・ついに前にボールが飛んだんです。もっともこれもまたファールでしたが・・・。
そして、運命の1球の時が来たのです。このとき吉木の投げた球が、うまい具合にバットの芯に当たって、センターの頭上を越えて、大ホームランになったんです。吉木はもちろんのこと、当の本人である転職太郎さえも、予告ホームランが現実になって、ビックリしました。
結局、試合は2対14で大敗しました。しかし、この2点はとても大きかったのです。吉木率いるチームは、やはりその年も全国大会の上位まで行ったのですが、唯一のホームランによる失点は転職太郎が打ったんですから。
ちなみに、その後、中学生になってからも、吉木と一度だけ対戦する機会がありました。その頃は、転職太郎の能力もかなり向上して、結果は、簡単にセンター前ヒット。吉木もあの時のホームランを打ったヤツだということが分かったらしくて、出塁した転職太郎に対して、ニコッと微笑んだんでした。
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- at 09:45